#8マインドセット理論

仕事

失敗を成功に変える──マインドセットが、組織を強くする

組織を停滞させる「失敗を恐れる文化」

あなたの会社には、困難な課題を前にすると、まるで水を得た魚のように生き生きと動き出す社員はいませんか? 
その一方で、避けようとする社員が多くを占めているのが実情ではないでしょうか。

新規事業への挑戦が停滞する、優秀なはずの社員が伸び悩む、新しいスキルを習得する文化が根付かない——これらは、単なる能力ややる気の有無だけで片付けられる問題ではありません。その根本には、社員一人ひとりの、そして組織全体の「マインドセット」が深く関わっています。

「失敗を恐れる文化」は、日本の組織に深く根を下ろしているように思います。
新しい挑戦よりも「失敗しないこと」が評価され、慎重さや安全志向が美徳とされる。そこには、いくつかの背景があるでしょう。戦後の高度成長期に確立した「失敗を許さない品質文化」、受験や就職で一度の失敗が人生を決めるような教育システム、そして同調圧力の強い社会構造。こうした要素が重なり、「できなかったらどうしよう」という意識を、多くの人の心に植え付けてきたのではないでしょうか。

国民性の違いでは済まされない

日本のロケット開発を例に考えてみましょう。

2023年3月、H3ロケット初号機が打ち上げ失敗に終わった際、記者会見で飛び交ったのは「失敗の原因は何か?」「誰に責任があるのか?」といった、詰問とも取れる言葉でした。
その様子は、まるで「犯人探し」に終始しているかのようでした。開発責任者が「失敗」という言葉を甘受する葛藤のシーンは特に印象的で、まさに失敗を許容しない社会の縮図です。

失敗は恥であり、できれば認めたくないもの。こうした空気の中では、再挑戦へのエネルギーは萎みやすくなります。

私は、この時の国民の代弁者を気取る報道陣が本当に不快であったのに対し、翌年2月に2号機の打ち上げ成功を収めた技術陣の矜持を尊敬します。

一方、アメリカでは失敗の扱いがまるで逆です。

ある民間企業がロケットの打ち上げに失敗し、爆発した際、その様子は「素晴らしいデータが取れた」「次に進むための最高のステップだ」と評価されました。
関係者は失敗を恥ずるどころか、オープンに分析し、得られたデータを次の挑戦に活かすと誇らしげにさえ見えます。
爆発そのものを「Rapid, Unscheduled Disassembly(急速な予定外の分解)」とユーモアを交えて表現する文化は、失敗を学習の機会とみなす、彼らの哲学を象徴しています。

この対比は、単なる国民性の違いでは済まされません。

「失敗は恥であり、避けるべきもの」という考え方は、個人の可能性を閉ざし、組織全体の活気を失わせます。これは、個人の心理の問題であると同時に、会社の存続に関わる大きな経営リスクなのです。

成長を阻む「固定マインドセット」とは

心理学者キャロル・S・ドゥエックが提唱した「マインドセット理論」は、この現象を理解する鍵となります。彼女は、人の能力に対する根本的な考え方には2種類あると指摘しました。

固定マインドセット(Fixed Mindset)

「才能や知能、能力は生まれつき決まっていて、努力しても変わらない」と考える。

→ 失敗を「能力の限界の証拠」と受け止めるため、挑戦を恐れ、現状維持に安住します。

成長マインドセット(Growth Mindset)

「才能や能力は、努力次第でいくらでも伸ばせる」と考える。

→ 失敗を「成長の糧」として受け止め、挑戦を続け、成果を積み上げていきます。

組織が停滞するか進化するかは、このマインドセットの広がりに大きく左右されるのです。

優秀な人物に頼る「危うさ」

多くの経営者は「優秀な人に任せればいい」「成長意欲のある人だけを採用すればいい」と、すなわち成長マインドセットを持つ人物だけを揃えようと考えがちです。しかし、この発想には限界があります。

なぜなら、日本社会の教育・文化背景を踏まえれば、「成長マインドセットを持つ社員」は少数派である可能性が高いからです。

少数の成長マインドセット人たちに業務を集中させれば、彼らはやがて疲弊し、離職あるいは燃え尽きてしまいます。また、採用でそうした人物ばかりを集めるのも非現実的です。

だからこそ、リーダーやマネジャーの真の役割は、「固定マインドセットの多数派を、いかに成長マインドセットに切り替えていくか」にあります。

社員一人ひとりが「自分は成長できる」と信じられるようになること。組織全体のマインドセットを変えていくことこそが、会社を持続的な成長へと導く唯一の道なのです。

成長マインドセットを組織に根付かせる「仕組み」

では、固定マインドセットを成長マインドセットに切り替えるために、経営者やマネジャーはどんな工夫ができるのでしょうか。

1. 評価の基準を「結果」から「プロセス」へ

「すごいね、天才だね!」という評価は、社員に「この結果は生まれ持った能力によるものだ」というメッセージを送り、固定マインドセットを育ててしまいます。

そうではなく、「この困難な課題を乗り越えるために、どんな努力をしたのか?」「そのプロセスから何を学んだのか?」といった、プロセスに焦点を当てた評価とフィードバックを行います。これにより、社員は「努力すれば成果が出る」という成長マインドセットを育むことができます。

2. 「まだ」という言葉を共通言語にする

「まだできていない」と表現することで、成長の余地を自然に意識させます。

社員が失敗を報告したとき:「まだこの技術を使いこなせていないだけだ。次はどうすればいいと思う?」

上司が自ら失敗談を語るとき:「この企画は、まだ成功には至っていない。しかし、ここから大きな学びを得られた」

「できない」と断定する固定マインドセットの思考から、「まだ伸びる」という成長マインドセットへと切り替えるための、強力な言葉のツールとなります。

3. 失敗を「学びの資産」として共有する

失敗を罰する文化は、社員を固定マインドセットに陥らせます。

新しい挑戦で失敗した社員を責めるのではなく、その失敗から得られた学びをチーム全体で共有する場を設けます。

上司が自ら失敗談を語り、それを学びに変えた経験を共有することも非常に効果的です。これにより、失敗は「恥ずかしいもの」ではなく、「組織全体の成長を加速させる貴重な資産」に変わります。

『組織のマインドセット』という経営資産

日本の組織が抱える「失敗を恐れる文化」は、教育・文化・雇用慣行といった背景から生まれています。しかし、それを理由に停滞を受け入れるのではなく、心理学の知見を活かして「成長マインドセット」を育てることで、挑戦と学びの循環を回すことが可能です。

リーダーの役割は、少数の優秀人材に依存することではありません。多数派の意識を変え、組織全体の「マインドセット」を経営資産に変えていくことにあります。

それは、社員一人ひとりが自らの仕事に意味を見出し、主体的に動く「心のスキル」を育てることにも繋がります。

次回予告

あなたは、自分の仕事に意味を見出していますか?

ここまでの連載で、私たちは人のモチベーションを様々な角度から見てきました。

次回は、この「心のスキル」をさらに深掘りし、仕事そのものにやりがいを見出す「ジョブ・クラフティング」について、実践的に掘り下げていきます。

タイトルとURLをコピーしました