仕事は「与えられるもの」ではない──ジョブ・クラフティングが、受け身の組織を変える
なぜ「指示待ち人間」が生まれるのか?
「新しいプロジェクトを立ち上げよう」
「もっと効率化を図ろう」
組織で新しい挑戦が始まる時、多くの社員は期待に応えるどころか、足を止めてしまいます。
誰かが動くのを待ったり、上司の顔色を伺ったり、「自分じゃなくてもいいか」と傍観したり。
なぜ私たちは、自ら動き出すことに躊躇してしまうのでしょうか?
その原因は、個人のやる気の有無ではなく、仕事に対する私たちの根深い「無意識の信念」にあります。
多くの企業の仕事は、効率性を最優先に細分化・標準化されています。その結果、私たちは、まるでベルトコンベアの部品のように、与えられたタスクをただこなすことに慣れてしまいました。
自分の仕事が全体にどう貢献しているのか、誰にどんな価値を届けているのか――その「意味」が見えなくなった時、人は仕事に主体性を持てなくなります。
さらに追い打ちをかけるのが、「仕事は会社から一方的に与えられるものだ」という信念です。
この考えが「やりがいがないのは会社のせい」「言われたことだけやればいい」という受け身の姿勢を生み出してしまいます。
これは性格や能力の問題ではありません。誰もが多かれ少なかれ、こうした環境で育ち、仕事に対する固定観念を植え付けられてきたのです。
ほうきで絵を描く「魔法使い」の正体
しかし、同じ職場でも自ら仕事を開拓し、生き生きと働いている人たちがいます。彼らに特別な才能や能力があるわけではありません。彼らが持っているのは、この受け身の姿勢を打ち破る、ある共通の「心のスキル」です。
例えば、東京ディズニーリゾートの「カストーディアルキャスト」をご存知でしょうか? 彼らの役割は、ゲストが落としたゴミを拾い、パークを清潔に保つことです。一般的には清掃という、誰にでもできる単調なルーティンワークに見えます。
しかし、彼らの中には、ほうきと水を使い、地面にミッキーマウスなどのキャラクターの絵を描いて、ゲストを喜ばせる人たちがいます。いわゆる「ウォーターアート」です。
彼らは「ゴミを拾う」ことを仕事の目的とは考えていません。本当の役割は「ゲストにハピネスと魔法を届けること」だと理解しているのです。
だからこそ、与えられた仕事を超えて、自分の工夫で魔法を生み出しているのです。
この姿勢こそが、心理学者エイミー・レズネスキーとジェーン・ダットンが提唱したジョブ・クラフティング(Job Crafting)の実践例です。
ジョブ・クラフティングとは何か?
ジョブ・クラフティングとは、仕事内容や人間関係、そして仕事への捉え方を主体的に調整し、仕事に意味とやりがいを創り出すことです。
つまり仕事は、会社から与えられるだけのものではありません。自分自身で「創り出すもの」なのです。
ジョブ・クラフティングの3つのアプローチ

1. タスク・クラフティング(仕事内容の再構築)
業務のやり方や内容を工夫し、自分の強みや関心を生かすこと。
明日からできる実践例:
- 毎日のルーティンワークを15分短縮する方法を1つ見つけ、実行してみる。
- チームメイトが困っていることを見つけ、自分のスキルで手伝えることがないか声をかけてみる。
2. 関係性クラフティング(人間関係の再構築)
仕事で関わる人との接点や関係性をポジティブに変えること。
明日からできる実践例:
- 誰かに助けられたら、直接「ありがとう」と伝える。
- 自分の仕事の成果を、実際に受け取ってくれる人の顔を想像してみる。可能なら、直接話を聞きに行く機会を設けてみる。
3. 認知的クラフティング(捉え方の再構築)
仕事そのものへの意味づけを変えること。最も難しく、最も強力な方法です。
明日からできる実践例:
- 自分の仕事に「タイトル」をつけ直す。
「単なる資料作成係」→「意思決定を支える情報建築家」
「クレーム対応担当」→「信頼を再構築する専門家」 - 自分の仕事が、会社のミッションや顧客、社会にどう繋がっているのかを再確認してみる。
この「捉え方を変える力」は、第8話で扱ったマインドセット理論とも深く結びつきます。
固定マインドセットを成長マインドセットに切り替えられれば、同じ業務でも全く違う価値を見いだすことができるのです。
全員が「クリエイター」になる組織へ
ジョブ・クラフティングは、単なる個人のモチベーション向上策ではありません。これは、組織の誰もが主体性を取り戻し、仕事に意味を見出すための、強力な「心のスキル」です。
社員一人ひとりが、自らの仕事に意味を見出し、主体的に工夫を凝らすようになることで、組織全体の創造性や生産性は飛躍的に向上します。
「つまらない仕事」が「価値ある仕事」に変わるとき、社員は単なる労働者ではなく、組織を動かす「クリエイター」へと変わります。それこそが、停滞する組織を蘇らせる原動力なのです。
次回予告
小さな成功が、組織の未来を創る
大きな目標を前にすると、人は圧倒されがちです。
しかし、驚くほど小さな一歩が未来を切り拓くことがあります。
次回(第10話)は、スモールウィン理論(カール・ワイク)を取り上げ、組織が変化を積み重ねていくための実践的な方法を考察します。

