#10スモールウィン理論

仕事

小さな成功が、組織の未来を創る──スモールウィン理論が示す、変革への第一歩

なぜ、多くの改革は「最初の壁」で挫折するのか?

「働き方改革」「DX推進」「新サービスの立ち上げ」──どれも耳にする言葉ですが、あなたの会社では、こうした大きな目標が掲げられたとき、どれほどの社員が心から「やろう!」と意欲的になるでしょうか?

多くの組織では、壮大な計画ほど「どこから始めればいいか分からない」という戸惑いと、「どうせ無理だろう」という諦めが蔓延し、最初の壁に阻まれたまま停滞してしまいます。

では、この「最初の壁」をどうすれば越えられるのでしょうか?

その鍵は、心理学者カール・ワイクが提唱した「スモールウィン理論」に隠されています。この理論は、「大きな問題を解決するには、まず小さな成功(スモールウィン)を積み重ねることが最も効果的である」と説いています。

小さな成功が生み出す3つの力

スモールウィンとは、直訳すると「小さな勝利」。それは、「誰でも」「すぐに」「確実に達成できる」小さな成功体験を指します。

なぜ、この「小さな成功」が組織を動かす大きな力になるのでしょうか?

1. モチベーションを高める

人は達成感を得ると「次もやってみよう」という意欲が湧きます。小さな成功は短いスパンで達成感を与え続け、前向きなエネルギーを途切れさせません。

これは第7話で扱った自己効力感と直結します。
「自分にはできる」という感覚は、大きな成果ではなく、小さな成功の積み重ねによってこそ育まれるのです。

2. 問題解決を加速する

大きな課題は複雑に絡み合っているため、全体像を見渡そうとすると圧倒されてしまいます。しかし、その一部でも解決できれば、次に進むための手がかりが見えてきます。

たとえば「新しいサービスを開発する」という壮大な目標に対して、いきなり事業計画を作るのではなく、「お客様に一つだけ質問してみる」という小さな行動から始めれば、具体的なニーズが見えてきます。

3. 組織文化を変える

「どうせ無理」という諦めの文化は、社員一人ひとりの心にある固定マインドセットから生まれます。
けれども「小さな成功をみんなで共有する」文化が根づけば、挑戦を楽しむ前向きな空気が組織全体に広がっていきます。
「小さなことなら自分にもできる」
「やれば変わるんだ」
その実感が広がり、挑戦を恐れない成長マインドセットが組織に浸透していくのです。

なぜ、あなたの会社のスモールウィンはうまくいかないのか?

多くの企業は「スモールウィン」を実践しているつもりですが、それが単なる「ノルマの細分化」や「タスクの割り振り」に終わっているケースが少なくありません。

たとえば、「売上を前年比20%アップする」という目標に対し、「今週中に顧客へ100件電話する」というタスクを割り振ったとしましょう。

これは、一見スモールウィンに見えますが、社員にとって「面倒なノルマ」や「途方もない作業」にしか感じられません。
達成できなければ「負け」を経験することになり、やがて「どうせやっても無駄だ」という諦めの心理、つまり「負け癖」を植え付けてしまうことになってしまいます。

この状態は、スモールウィンとは真逆です。
スモールウィンは、確実な達成を通じて、前向きなエネルギーを生むものである必要があるのです。

スモールウィンの真価を発揮するための3ステップ

スモールウィン理論を正しく運用するためには、以下の3つのステップが効果的です。

1. 壮大なビジョンから「スモールウィン」を定義する

まず、最終的なビジョン(目的)を明確に共有します。その上で、誰もが「短時間で」「確実に達成できる」レベルまでタスクを分解します。
たとえば、

  • 最終的なビジョン:「新規事業を立ち上げる」
  • スモールウィン(最小の一歩)
    • 「まず顧客に『最近どんなことに困っていますか?』と一言だけ聞いてみる」
    • 「その答えをメモに一つ書き留める」

このように、目標を「登るべき山」と捉え、その山を登るための「最初の一歩」を、誰もが踏み出せるほど小さく、具体的で、確実なものに落とし込むことから始めます。

2. 小さな成功の「見える化」と「共有」を徹底する

達成したスモールウィンは、心の中に留めるのではなく、チームや組織全体で共有します。朝礼で発表したり、チャットツールで共有したりすることで、達成感をメンバー全員で分かち合います。

これにより、小さな成功が組織全体に伝播し、ポジティブなエネルギーが生まれます。

3. 失敗も「小さな学び」として受け止める

小さな挑戦だからこそ、失敗も軽く受け止められます。うまくいかなくても、「今回の挑戦から何を学べたか?」を共有すれば、次の一歩に変わります。

失敗を「スモールロス」として学びに変えることが、成長マインドセットを育み、次の成功へと繋がるのです。

第1章の集大成── 9つの理論が示す、スモールウィンの力

ここまで9話にわたり、モチベーションに関するさまざまな心理学の理論をひも解いてきました。

  • マズローの欲求階層説:人が何を求めているのか
  • 自己決定理論:自律的に動くことの力
  • フロー理論:夢中になる体験の重要性
  • ハーズバーグの二要因理論:やる気を生む条件と、不満を防ぐ条件は別物
  • 期待理論:努力と成果のつながりが信じられるか
  • 公平理論:不公平感にどれほど敏感か
  • 自己効力感:自分にはできると思えるか
  • 成長マインドセット:失敗をどう受け止めるか
  • ジョブ・クラフティング:仕事をどう意味づけ直すか

これらの理論は、すべて「人が内側から湧き上がる力で動く」という共通の真実を示しています。

そして、この「内発的動機づけ」を呼び覚ますための最も実践的なアプローチが、スモールウィン理論なのです。

スモールウィンは、単なる「目標管理」のテクニックではありません。
それは、自己効力感を育み成長マインドセットを根付かせ、仕事に主体的な意味を創り出すための、具体的な行動習慣です。

スモールウィンを正しく運用することは、一人ひとりの「内発的動機づけ」を呼び覚まし、組織全体を停滞から解放する、最もパワフルな方法なのです。

大きな変革は、たった一つの小さな成功から始まります。

それを積み重ね、共有し、学びに変えていくことで、組織は確実に変わり、新しい価値を創造する出発点となるのです。

次回予告

ここまでで「モチベーションの心理学」はひと区切りとします。

次章からは「組織の心理学」に進みます。
組織そのものの在り方に焦点を当て、チームや会社がどうすれば「自ら動き出す集団」になれるのかを探っていきます。

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